クロストークとは、種々の情報伝達系の間の相互作用のことである。種々の情報伝達系の伝達分子(リガンド)や受容体(レセプター)のあいだに共通因子が存在すれば、情報伝達の交差作用、相互作用が細胞レベル、分子レベルで生まれることになる。
腸管の表面は単層の上皮細胞で覆われており、腸上皮細胞は腸内細菌からの刺激を最前線で受け取る細胞であると考えられる。以前より、無菌動物と通常動物の比較研究などから、腸内細菌は腸上皮細胞の機能に影響を与えていることが明らかになっていた。近年、両者の間のリガンドや受容体の関係を分子レベルで示す報告が増え、クロストークの解明が進んでいる。
腸上皮細胞には、Toll-like receptor(TLR)やNod-like receptor(NLR)など、微生物菌体成分を認識する受容体が発現している。腸内細菌がこれらを介して腸上皮細胞に認識され、腸上皮細胞のバリア機能の維持に寄与する一方で、これらの受容体の発現は腸内細菌に対する過剰な応答が起こらないよう適切に制御され、腸内細菌との共生関係が維持されている。また、M細胞に発現しているglycoprotein2(GP2)は、グラム陰性細菌の受容体として機能することが報告されている。
腸上皮細胞の産生するα-ディフェンシンなどの抗菌ペプチドは、腸内細菌叢の構成に影響を与えていることが示されている。一方、腸内細菌により腸上皮細胞の抗菌ペプチドの産生が誘導されることも示唆されている。
腸上皮細胞には遊離脂肪酸受容体FFA2(GPR43)やFFA3(GPR41)の発現も報告されていることから、腸上皮細胞は、腸内細菌の産生する短鎖脂肪酸も認識し、エネルギー代謝や宿主生理作用の起点になっていると考えられる。
腸内細菌と腸上皮細胞のクロストークを解析する手法としては、ノトバイオート動物を用いた実験や、培養細胞を用いた実験があり、これらによって特定の細菌の影響を検討することが可能である。また、遺伝子改変動物を用いることにより、腸上皮細胞の特定の遺伝子発現と腸内細菌との関連を示すこともできる。常在性腸内細菌の全ゲノム配列の報告が蓄積されてきており、一方、ヒトを含めマウスおよびラットの全ゲノム配列は既に明らかにされているので、今後、作用機構が分子レベルで解明されていくであろう。さらに、腸内細菌叢のメタゲノム解析、腸内細菌および宿主の遺伝子発現をとらえるトランスクリプトーム解析、腸内代謝をとらえるメタボローム解析などのオミックス解析を組み合わせることにより、クロストークの全体像が解明されていくことが期待される。
(今岡明美)