公益財団法人 腸内細菌学会/腸内細菌学会 Japan Bifidus Foundation(JBF)/Intestinal Microbiology

用語集


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過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)

過敏性腸症候群(IBS)とは、器質的疾患が通常の臨床検査では認められず、腹痛と下痢や便秘といった便通異常が慢性に持続する状態である。IBSは主要文明国の人口の約10〜15%と高頻度であり、女性に多い。IBSは良性疾患であるが、生活の質(QOL)を障害して、高度にQOLを低下させることも多い。IBSの原因はいまだ不明である。しかし、中枢機能と消化管機能の関連である脳腸相関について、健常者との相違が認められる。脳腸相関の異常として、①心理社会的ストレスによって発症・増悪する心身症の病態、ならびに、消化管の知覚信号が中枢で増幅される。②内臓知覚過敏があり、大腸にポリエチレンバッグを入れ、バロスタット機器でその圧力を上昇させたときに、健常者より低圧で腹痛を自覚することで検出される。③IBSではストレスや食物摂取などの刺激に対して大腸・小腸運動が亢進し、消化管運動異常を呈する。④大腸を刺激したときの脳画像では健常者よりも大脳辺縁系の局所脳活性化が大きい。⑤IBS は高率に心理的異常を呈し、抑うつ、不安、身体化が多い。⑥IBS の小腸・大腸粘膜にはマスト細胞増加などの微小炎症があり、⑦腸管の粘膜透過性亢進がある。⑧感染性腸炎が回復した後に高率に感染性腸炎後IBSが発症することから、腸内細菌が変化して、その異常がIBSの病因の 1 つとして重視される。⑨IBSではセロトニンやcorticotropin-releasing hormone(CRH)など神経伝達・内分泌応答のホルモンの関与が報告されている。
診断としては、器質的疾患、おもに大腸癌と炎症性腸疾患の除外が重要である。大腸造影検査もしくは大腸内視鏡検査がいずれも正常で、症状が国際基準であるRome Ⅳ診断基準を満たすことが必要である。この基準は6か月以上と慢性の腹痛があることが前提であり、それに加えて便性状の異常、下痢や便秘があることが必要である。症状によって便秘型IBS(IBS−C)、下痢型IBS(IBS−D)と下痢と便秘を繰り返す混合型IBS (IBS−M)などに分類される。鑑別が必要な消化器疾患として乳糖不耐症、微小腸炎、慢性特発性偽性腸閉塞などがあげられる。
治療としては、偏食、食事量のアンバランス、夜食、睡眠不足、心理社会的ストレスはIBSの増悪因子であり、除去・調整を勧める。これらを行ったうえで、薬物療法をまず行う。薬物としては消化管腔内環境調整のために高分子重合体や、消化管知覚過敏とストレス感受性改善のために抗うつ薬を用いる。下痢型IBSに対しては5−HT3受容体拮抗薬ラモセトロンを用いる。便秘型IBSならびに機能性便秘に対しては、chloride channel−2 賦活薬ルビプロストン、guanylate cyclase−C 刺激薬リナクロチドや胆汁酸再吸収阻害薬のエロビキシバットなどが投与される。アントラキノン系下剤の長期投与は、大腸黒皮症、大腸運動異常、下剤への依存などを招きやすいので行うべきでない。薬物療法が無効なときには簡易精神療法、認知行動療法、自律訓練法、催眠療法などの心身医学的治療を行う。

参考文献:
福土 審:過敏性腸症候群、矢崎義雄編 内科学書第11版、朝倉書店、東京、pp. 992-994, 2017.
大草敏史:慢性便秘診療ガイドライン2017.消化器・肝臓病、2021; 9: 370-377.

(大草敏史)