ムチンは動物由来の高分子糖タンパク質で,消化管・気道の粘膜上皮や唾液腺などで産生される粘液の主成分である。ムチンは分泌型と膜結合型に分類され,物理的バリアとしての粘膜保護や潤滑作用に加え,膜結合型では細胞質内への情報伝達機能にも関与している。ムチンのコアタンパク質をコードする遺伝子はMUCと表記され,現在ヒトでは20数種が見出されている。ムチンのコアタンパク質は,プロリン(>5%),スレオニン/セリン(>25%)に富んだタンデム反復構造を特徴とし,セリンあるいはスレオニンの水酸基にN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)を起点としてガラクトース,N-アセチルグルコサミン(GlcNAc),フコース,シアル酸などから構成されるO-結合型糖鎖が高密度に付加されている。糖鎖末端には硫酸基が付加される場合もある。ムチン糖鎖は化学的性質から,糖鎖末端にシアル酸や硫酸化糖を配し負の電荷を有する酸性ムチンとフコースを配した中性ムチンに分類される。いずれにせよ,糖鎖は多いものではムチン分子量の80%に達しムチンの親水性を高めている。
ヒト消化管には約15種類のムチンが発現しており,これらのうち,分泌型ムチンはMUC2(小腸,大腸),MUC5AC(胃,大腸),MUC5B(唾液),MUC6(胃,大腸),MUC7(唾液)の5種で,いずれも杯細胞から放出され,MUC7を除き粘膜表面で粘液層を形成する。一方,膜結合型ムチンは消化管上皮細胞の頂端側に発現し,グリコカリックス(糖衣)を形成している。腸の主要ムチンであるMUC2は,杯細胞の小胞体で二量体(C末端のジスルフイド結合)を形成し,ゴルジ装置で糖鎖が付加された後,N末端のシステイン残基のジスルフイド結合により三量体を形成する。これらはムチン顆粒として細胞内に蓄えられ,開口分泌によって細胞外に放出される。MUC2は単量体でも約2.5 MDaの質量を持つ巨大分子で,細胞外では水和により100-1000倍の体積に膨潤して粘液層を形成する。この粘液層は,極度な物理的刺激や食事に伴う消化酵素・胆汁酸による化学的損傷から腸上皮を保護すると同時に,細菌・外来抗原に対する宿主防衛の最前線でもあり,物理的バリアのみならず,イムノグロブリンAやパネート細胞(小腸のみ)から放出される抗菌ペプチドの貯留槽となり,免疫的および化学的バリアとしても機能している。
小腸上皮に占める杯細胞数の割合(〜6%)は大腸に比べ少なく,その粘液層も薄く非連続であるが,腸内細菌が密に存在する大腸では杯細胞数の増加(16%)とともに,その粘液層は厚く,遠位結腸では密接な層をなす内層(〜150μm)と緩やかな外層(〜800μm)の二層からなっている。腸内細菌は外層に留められ,内層はほとんど無菌状態に保たれている.杯細胞からのムチン分泌は,定常的な構成性分泌(基礎分泌)と腸内環境に応じた制御性分泌(促進分泌)によるが,健常人の結腸における粘液下層は,通常,約2μm/minの速度で上層に拡散する。腸上皮の粘液層は活発に代謝回転し,腸の蠕動運動と相まって上層に接着した細菌を排泄する動的システムとして機能している。また,MUC2糖鎖の化学的性質も腸管部位によって異なり,小腸上部では中性ムチンの割合が高く,小腸下部から大腸にかけて酸性ムチンが増加し,特に遠位結腸部位では硫酸化糖を配した強酸性ムチンの割合が著しく高まることで,腸内細菌による分解を受け難くなっている。
一方,杯細胞から分泌されるムチンは,バリア機能のみならず,10-100兆個といわれる腸内細菌と宿主との共生を支える因子としても注目されている。結腸粘液上層のムチンは,腸内細菌に棲息環境(接着表面)を提供すると同時に,小腸から流入するムチンとともに腸内細菌の発酵基質となり,その増殖と代謝を促す。腸内細菌は代謝産物である短鎖脂肪酸を宿主に供給することで,大腸生理の恒常性維持に寄与している。回腸造婁術を受けたヒトの回腸末端から回収されるムチン量は,一日当たり〜5 gに達すると推定されている。現在のところ,大腸で分泌されるムチン量に関する情報はないが,本邦における食物繊維摂取量が15 g/日前後(およそ1/4が水溶性食物繊維)であることから,内因性発酵基質としてのムチンは,大腸での短鎖脂肪酸産生量を下支えしていると考えられる。また,ムチン型糖鎖は8種類のコア構造に分類されるが,いずれもGalNAcを起点としてラクト-N-ビオースやN-アセチルラクトサミンが付加され,糖鎖が伸長している。この基本構造は,ラクトースを起点として同様の二糖類が付加され,糖鎖末端にシアル酸やフコースを配しているヒトミルクオリゴ糖と類似している。ムチン糖鎖に作用する細菌由来酵素の多くは,ヒトミルクオリゴ糖の分解にもかかわっている。ムチンはヒトミルクオリゴ糖とともに乳児の腸内細菌叢の形成に関与していると考えられている。
(森田達也)