公益財団法人 腸内細菌学会/腸内細菌学会 Japan Bifidus Foundation(JBF)/Intestinal Microbiology

用語集


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ポリアミン(polyamines)

ポリアミンはその分子構造内に2つ以上のアミノ基を持つ炭化水素化合物であり、代表的なものとしてはプトレッシン、スペルミジン、スペルミンが挙げられる。ポリアミンは世界で初めて顕微鏡で微生物を観察し、「微生物学の父」と呼ばれるLeeuwenhoekにより精液中からリン酸スペルミンの結晶として1678年に報告された(1)。ポリアミンは原核生物から高等動植物に至るまで、ほぼすべての生物が細胞内に持つ物質であり、その細胞内濃度は数 mMから数10 mMと高濃度である。ポリアミンは生理学的なpH下では正電荷を持つため、核酸、リン酸化タンパク質、リン脂質、ATPなど負電荷をもつ成分と弱く結合し、さまざまな細胞機能を調節することが報告されている。
細胞内に存在する50 %~90 %のポリアミンがRNAと水素結合しており、ポリアミンはmRNAの構造に影響を与えることでタンパクの翻訳を制御している(2)。このような翻訳制御を受けるタンパク群は、原核生物と真核生物で実験的に報告されており、「ポリアミンモジュロン」と呼ばれている。ポリアミンモジュロンを構成するタンパクは細胞の増殖、バイオフィルムの形成、細胞活性の増強、解毒に関与する。真核生物の細胞内におけるポリアミンの重要な機能として、真核生物翻訳開始因子5A(eIF5A)の活性化が挙げられる。eIF5Aは真核生物のタンパク合成に必須のタンパクであり、その活性化には翻訳後修飾が必要であることが知られている。この翻訳後修飾ではeIF5Aの特定のリジン残基がハイプシン残基に化学変化するが、この化学反応の最初の段階は、スペルミジンのリジン残基への転移である。つまり、eIF5Aの成熟化反応の基質であるためにスペルミジンはタンパク合成に深く関与しており、このことが真核生物でポリアミンの合成系遺伝子の欠損が致死である原因と考えられている。
ポリアミンの実験動物に対する健康増進効果(3)は、寿命延長、記憶力増強、認知力向上、心臓機能の改善など数多く報告されているが、増殖中のがん細胞で高濃度に存在するポリアミンを低減し、がんのプロモーションを抑制すること目的とした研究も行われている(4)。ポリアミンによる健康増進の生化学的メカニズムとしては、酸化ストレスの抑制、ヒストンアセチルトランスフェラーゼの阻害によるヒストンH3の脱アセチル化、オートファジーの促進、DNAメチル化酵素の活性上昇による異常メチル化抑制などが知られている。生物のポリアミン供給源は、経口摂取、腸内細菌、ヒト細胞内での生合成の3つである。ポリアミンの生合成能力は加齢とともに低下することが知られており、その制御は現在のところ困難である。このため、体内のポリアミン濃度を一定以上のレベルに保つためには、食物や腸内細菌から摂取するポリアミン量を増加させる必要がある。

(1) Leeuwenhoek AV. Phil Trans. 1678; 12: 1040-1043.
(2) Igarashi K, Kashiwagi K. Biochem Biophys Res Commun. 2000; 271: 559-564.
(3) Madeo F, Eisenberg T. et al. Science. 2018; 359: eaan2788.
(4) Casero RA Jr, Murray ST. et al. Nat Rev Cancer. 2018; 18: 681-695.

(栗原 新)