アミノ酸は天然に広く存在する化合物で、その1種であるL-グルタミン酸(厳密にはその塩であるグルタミン酸モノナトリウム)は昆布のうま味成分となっている。グルタミン酸を含むアミノ酸には、鏡像異性体であるL-アミノ酸及びD-アミノ酸が存在しているが(図参照)、うま味を呈するのはL-グルタミン酸で、D-グルタミン酸は無味でうま味を呈さない。このように、生物はL-アミノ酸とD-アミノ酸を異なる物質として認識する。天然に存在するアミノ酸のほとんどがL-アミノ酸であり、長い間D-アミノ酸は生物にとって重要な機能をもたないと考えられてきた。しかし、分析技術の発展によって微量のD-アミノ酸を分離分析することが可能になり、現在では腸内細菌やヒト等の幅広い生物種にD-アミノ酸が存在することが明らかとなっている。なお、アミノ酸の1種であるグリシンには鏡像異性体は存在しない。
D-アミノ酸は哺乳類自身によって生産される他、腸内の共生細菌によっても生産され、腸内細菌叢の恒常性維持に関与している。マウスでは、腸内細菌由来のD-アラニンとD-プロリンが腸管上皮細胞から分泌されたD-アミノ酸酸化酵素によって分解され、生成した過酸化水素はビブリオ属細菌などの腸管病原性細菌を殺菌する(1)。腸内細菌由来のD-アミノ酸が異常増加すると、それを認識したマクロファージによって腸内細菌に対する免疫反応が活性化する(2)。また、腸内細菌由来のD-アミノ酸が宿主の臓器に直接作用する可能性が指摘されている。マウスに急性腎障害処置を施すと、腸内では細菌叢の変化とD-セリン濃度の上昇が起こり、腸から腎へのD-セリンの供給が増加する。腎内D-セリン代謝関連酵素の活性も変化することで、腎中のD-セリン濃度が上昇する。このD-セリン濃度の上昇は、急性腎障害処置による障害を軽度にすることから、D-セリンが腎臓に対して保護的に働くと考えられている(3)。D-セリンの腎臓保護作用については、主要な細胞増殖制御因子であるmTORC1(mechanistic target of rapamycin complex 1)を介して、腎移植後に腎細胞増殖を促進することが報告されている(4)。さらに、経口摂取したD-アミノ酸が腸内細菌叢に影響する場合もある。アレルギー性気道疾患モデルマウスを用いた実験では、プロバイオティクス乳酸菌由来のD-トリプトファンが腸内細菌叢の多様性の維持に寄与しており、D-トリプトファンの摂取がアレルギー性気道疾患の進行を防ぐことが分かっている(5)。
(1) Sasabe J. et al. Nat Microbiol. 1, 16125 (2016).
(2) Suzuki M. et al. Sci. Adv. 7, eabd6480 (2021).
(3) Nakade Y. et al. JCI Insight. 3, e97957 (2018).
(4) Hesaka A. et al. Kidney360. 2, 1611-1624 (2021).
(5) Kepert I. et al. J Allergy Clin. Immunol. 139, 1525-1535 (2016).
図 アミノ酸の鏡像異性体(L-アミノ酸とD-アミノ酸)
(牟田口祐太)