多くの細菌は、メンブレンベシクル(membrane vesicles: MVs)と呼ばれる直径20〜400ナノメートルの脂質二重膜からなる小胞を細胞外に放出している。特に、グラム陰性細菌の外膜に由来する膜小胞はOMVs(outer membrane vesicles)と呼ばれ、1990年代から本格的な研究が進められてきた。その後の研究により、MVsの放出はグラム陰性細菌に限らず、グラム陽性細菌やアーキア(古細菌)においても確認されており、これはすべての原核生物に共通する現象であると考えられている。また、真核生物が放出する細胞外小胞(eukaryotic extracellular vesicles: EEVs)と区別するため、細菌由来のものはBEVs(bacterial extracellular vesicles)と呼ばれることもある。
MVsの膜は、細菌がもともと持つ生体膜に由来しており、リン脂質や膜タンパク質から構成されている。その内部には、細菌由来の多様なタンパク質、DNA、RNAなどが含まれているほか、最外層の成分であるリポ多糖(LPS)やペプチドグリカン(PG)といった分子も含まれる。これらの構成因子により、MVsは細菌が持つさまざまな物質の「運び屋」として働き、遺伝子の水平伝播、病原因子やシグナル分子の輸送、抗菌薬やバクテリオファージからの防御など、幅広い生物学的プロセスに関与している。さらにLPS、PG、リポタンパク質などの微生物関連分子パターン(microbe-associated molecular patterns: MAMPs)または病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns: PAMPs)を含んでいることから、パターン認識受容体(pattern recognition receptor: PRR)を持つ免疫細胞に影響を与え、免疫応答や炎症反応の引き金となる場合もある。
こうしたMVsの産生には複数の分子メカニズムが関与しており、完全にMVs産生能力を欠く変異株は見つかっていない。グラム陰性細菌では、ペリプラズム内における物質の蓄積や、外膜の湾曲促進、およびPGの消失に伴う外膜と内膜の架橋の喪失がMVs産生を促す要因とされている。また、グラム陰性・陽性細菌を問わず、ファージ由来のエンドリシンや内在性のオートリシンの活性による溶菌が、MVs産生を誘導することも明らかとなっている。
近年では、腸内細菌が産生するMVsが宿主との相互作用において重要な役割を果たすことが注目されている。たとえば、 Bacteroides thetaiotaomicron のMVsは、樹状細胞による抗炎症性サイトカインIL-10の産生を促進する。また、 Bacteroides fragilis が分泌するMVsには、免疫調節作用と炎症抑制効果を持つ莢膜多糖が含まれており、トル様受容体TLR2を介した制御性T細胞の活性化や抗炎症性サイトカインの産生を促すことが知られている。さらに、 Akkermansia muciniphila が産生するMVsは、腸内細菌叢のバランス回復や腸管バリア機能の改善に寄与する可能性が示されている。一方で、 Fusobacterium nucleatum のMVsは腸管の炎症を引き起こす要因になることも報告されており、MVsは腸内環境の恒常性維持において多様な機能を有している。
このように、MVsは細菌と宿主との複雑な相互作用に深く関わっており、その機能性からワクチンや免疫調節剤への応用、および疾患治療の新たな標的としての活用が期待されている。さらに、MVsは内部に含まれる物質を安定的に保持・輸送する能力を持つことから、ドラッグデリバリーシステムやバイオリアクターなど、医療・バイオ技術への応用も視野に入れた研究が進められている。
(尾花 望)