公益財団法人 腸内細菌学会/腸内細菌学会 Japan Bifidus Foundation(JBF)/Intestinal Microbiology

用語集


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酪酸(butyric acid)

腸内細菌叢と宿主の共生関係構築の鍵となる代謝物

酪酸の生成メカニズム: 酪酸は、ヒトでは主に大腸内で、腸内細菌が食物繊維やレジスタントスターチなどを発酵する過程で産生される。この発酵プロセスは嫌気的条件下で行われ、酢酸やプロピオン酸といった他の短鎖脂肪酸も同時に生成される。酪酸産生に関与する代表的な細菌として、Faecalibacterium prausnitzii 、Eubacterium rectale 、Roseburia spp. などが知られている。これらの細菌は、腸内細菌叢の中で、それぞれ異なる役割を担っており、その組成は食生活や生活習慣によって大きく変動する。

腸内細菌叢と酪酸産生の関係: 腸内細菌叢の組成は、宿主の健康状態に大きく影響し、酪酸産生能にも直接的な影響を及ぼす。食物繊維の摂取は、酪酸産生菌の増殖を促進し、腸内細菌叢の多様性を維持する上で非常に重要である。腸内細菌叢のdysbiosis(腸内環境の乱れ)は、炎症性腸疾患 (IBD)、大腸がん、アレルギー性疾患、肥満、糖尿病など様々な疾患の発症に関与する。これらの疾患では酪酸産生菌の減少や、酪酸濃度の低下が認められる。酪酸は大腸上皮細胞の主要なエネルギー源であり、大腸管腔内を嫌気的に保つためには大腸上皮細胞による酪酸の代謝が極めて重要である。マウスを用いた実験から、抗生剤の投与により大腸内の酪酸濃度が極端に低下し、酸素分圧が増加することが知られているが、酪酸を経口投与することで嫌気性環境に戻すことができる。Dysbiosisによる酸産生の減少は、大腸管腔内の酸素分圧を増加させ、その結果として嫌気性の酪酸産生菌の増殖が妨げられるという悪循環に陥る可能性がある。

酪酸の腸管免疫における役割:酪酸は、腸管免疫において多岐にわたる重要な役割を果たす。① 腸管バリア機能の強化: 酸は、腸管上皮細胞のタイトジャンクションタンパク質の発現を促進し、腸管バリア機能を強化する。これより、病原体や有害物質の腸管からの侵入を防ぎ、炎症反応の発生を抑制する。② 制御性T (Treg)細胞の誘導: 酪酸は免疫応答を抑制するTreg細胞の分化誘導を促進する。Treg細胞は、過剰な免疫反応を抑制することで、IBDや自己免疫疾患などの発症抑制において重要な役割を果たしている。③ 炎症性サイトカインの抑制: 酪酸は、TNF-α、IL-6などの炎症性サイトカインの産生を抑制することで、腸管内の炎症を鎮静化する。④ 好中球の機能調節:酪酸は、好中球の遊走や活性を調節し、腸管免疫応答を制御する。これにより、感染防御における適切な免疫反応を促進すると同時に、過剰な炎症反応を抑制する。

今後の展望: 酪酸産生を促進するプレバイオティクスやプロバイオティクスの開発が進められている。また、酪酸やその修飾物を代謝性疾患の治療に応用する試みも行われている。今後は、個人の腸内細菌叢を詳細に解析し、酪酸産生能を考慮した個別化医療への応用が期待される。

(高橋大輔)