公益財団法人 腸内細菌学会/腸内細菌学会 Japan Bifidus Foundation(JBF)/Intestinal Microbiology

用語集


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代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)/ 代謝機能障害関連脂肪肝炎(metabolic dysfunction-associated steatohepatitis:MASH)

脂肪肝とは肝細胞内に脂肪滴が多量に蓄積された状態を指す。一般に脂肪肝は肝臓に流入するエネルギーが流出するエネルギーより多く過剰になると肝臓で脂肪酸などが合成され蓄積されることから肥満者などに多いことが知られている。また、脂肪肝は飲酒によって生じることはよく知られた事実であるが、ステロイドや乳がんの治療で用いられるタモキシフェンなどの薬剤起因性の脂肪肝、さらにはホルモン異常やある種のウイルス肝炎(特にgenotype3型のC型慢性肝炎など)などで生じることが知られている。かつての医学の教科書には飲酒習慣のない人の脂肪肝は病的意義がなく放置してよいとされていたため近年までは、あるいは現在でも肥満などによる飲酒に関係ないカロリー摂取過多の脂肪肝は臨床現場でかえりみられることはほとんどなかった。

1980年Ludwigらは、非飲酒者で、大滴性脂肪肝、肝細胞風船様変性、炎症細胞浸潤、中心静脈周囲の肝細胞周囲性線維化を有する例をnon-alcoholic steatohepatitis(NASH)と命名した(1)。病理組織はアルコール性肝障害と極めて類似しており、現在でも組織学的に区別することは困難であるため、飲酒習慣がないことの情報は重要である。Ludwigらの報告は当時ほとんど受け入れられることなく、その論文は彼の勤務するMayo Clinicの病院雑誌としてしか受理されることはなかった。その後米国では空前の勢いで肥満患者が増加して一気に肥満大国を駆け上っていくと、ウイルス肝炎でもなくアルコールや薬物使用もないのに脂肪肝の患者が肝硬変さらには肝臓がんを発症することが次々に明らかになり、ついに1989年にはNIHは飲酒習慣がなくとも肥満などによる脂肪肝患者においては慢性肝炎から肝硬変や肝臓がんになることに危険勧告を出すに至り、ようやくLudwigらの論文の正当性が日の目を見ることになった。

その後、1986年にSchaffnerらはアルコールが関与しない脂肪肝全体を包括してNAFLD(non-alcoholic fatty liver disease)と定義し、この疾患概念が世界的に広く用いられるようになった.しかしNAFLDの名称の「non-alcoholic」が実際の病態を正確に反映していないことに加え,alcoholicが「アルコール依存」を,「fatty」が肥満体型を揶揄するスティグマに相当するという指摘があった.こうした背景のなかで、2023年に国際合議により,NAFLDは「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)」へと再定義された(図1,2)(2).MASLDは心代謝系危険因子を組み入れ基準とし,肥満,糖尿病,脂質異常症,高血圧などの代謝異常を有する脂肪肝を包括する疾患概念である.中等量以上の飲酒は除外基準となるが,中等量飲酒を伴う場合は新たにMetALD(メットエーエルディー)と定義され,薬剤性などの特定因子による場合はspecific aetiology SLDへと分類されることになった.

MASLDのなかで慢性肝炎や線維化進展を伴う症例はMASH(metabolic dysfunction-associated steatohepatitis)と定義され,従来のNASHに相当する.正常肝からMASLD,MASH進展の機序として,炎症や線維化を惹起する要因が同時並行的に作用する「multiple parallel hit仮説」が提唱されている.ここには腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)による腸管透過性亢進や細菌由来代謝産物の影響,PNPLA3などの遺伝子多型をはじめとする遺伝的素因が関与し,長期にわたる多因子的な要素がMASHの発症・進展に寄与することが明らかになりつつある.本邦における肝癌の初発例の半数以上は非ウイルス性肝疾患由来となり,肝硬変の背景疾患も非ウイルス性肝硬変が約3分の2を占めるなど,日本の慢性肝疾患の疾患構造は大きく変化している.これに伴い,肝臓病診療において生活習慣と深く関わる脂肪性肝疾患(steatotic liver disease:SLD)の重要性が一層高まっている(3).

参考文献:
1)Ludwig J, Viggiano TR, McGill DB, et al. Nonalcoholic steatohepatitis: Mayo Clinic experiences with a hitherto unnamed disease. Mayo Clin Proc. 1980; 55: 434–438.
2)Rinella ME, Lazarus JV, Ratziu V, et al. A multisociety Delphi consensus statement on new fatty liver disease nomenclature. J Hepatol. 2023; 79(6): 1542–1556.
3)日本肝臓学会,吉次仁志監修.肝硬変の成因別実態2023.文光堂.

(米田正人)

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