ゲノム編集とは、生物が持つゲノム DNA の特定の塩基配列を標的として、遺伝子の欠失、挿入、置換などを行う技術である。代表的な手法であるCRISPR-Cas系は、もともと細菌や古細菌が外来DNAから身を守るための仕組みに由来し、ガイドRNAによって標的配列へ誘導されたCasタンパク質がDNAを切断する。ゲノム編集では、その後のDNA修復過程で生じる変異や相同組換えを利用して、標的部位に遺伝子の欠失、挿入、置換などの改変を導入する。腸内細菌の機能を分子レベルで理解するには、個々の遺伝子の役割を明らかにすることが重要であり、ゲノム編集はそのための有力な手段となりつつある。
腸内細菌のゲノム編集では、宿主が本来有する内在性CRISPR-Cas系を利用する方法に加え、外来のCRISPR-Cas系を構成する因子を導入して編集する方法も用いられている。これらの方法を用いて、ビフィズス菌では、遺伝子欠失・挿入などを可能にするゲノム編集系の開発が進められており、糖質利用、胆汁酸代謝・耐性、腸管定着性、菌体表層構造など、生理機能や宿主との相互作用に関わる性質を分子レベルで解析するための基盤が整いつつある。また、Bacteroides属細菌においても、遺伝子欠失・挿入系が報告され、多糖利用遺伝子群や関連する代謝経路の解析に利用されている。さらに、Clostridium属、Clostridioides属、旧 Lactobacillus属に分類されていた細菌群など、腸内に生息し、健康や宿主との相互作用が注目されている菌群においてもゲノム編集の報告が増えており、適用可能な菌種は広がりつつある。加えて、DNA 二本鎖切断を伴う従来型の遺伝子欠失・挿入だけでなく、ベースエディターによる塩基編集や、CRISPRi による遺伝子発現制御などの関連技術も応用され始めており、腸内細菌の機能を解析するための手法は多様化している。
一方で、腸内細菌へのゲノム編集技術の適用には、菌種や菌株ごとの最適化が必要である。特に、腸内細菌には嫌気性菌や難培養性の菌が多く、DNA導入法、やDNA修復機構などの違いから、ゲノム編集系の構築が難しい菌種も存在する。また、ゲノム編集を施した腸内細菌のヒトや動物への利用は、現時点では主に研究開発段階にあり、安全性、有効性、腸内細菌叢への影響などを慎重に評価する必要がある。今後、ゲノム編集技術のさらなる改良と適用例の蓄積により、腸内細菌の遺伝子機能と生理作用、さらに宿主との相互作用について、より詳細な理解が進むことが期待される。
(岡野憲司)