(公財)日本ビフィズス菌センター
理事長 上野川 修一
情報・広報委員長 五十君 静信
清野先生は粘膜免疫研究におけるご功績により第51回(平成19年度)野口英世記念医学賞を昨年の11月2日に受賞されましたので会員の皆様方にお知らせします。
清野先生に本賞を授与されました野口英世記念会の案内資料によりますと、対象となりました先生の ご研究は「粘膜免疫の基礎的解明と学問的体系確立」であります。先生は粘膜免疫の領域において数多くの先駆的な研究成果をあげられており、免疫分野においては世界的にご高名な研究者であります。 早くから先導的な数多くの研究成果をあげられており、それらを基礎に新規ドグマを提唱されて、「粘膜免疫学」の創成に貢献されています。
大変にご多忙の先生でありますが、当財団の常務理事にご就任いただいておりますので、先生のご受 賞は財団にとりましても真に喜ばしいことであります。会員を代表して改めてここにお祝いを申し上げます。
先の資料から先生がこの領域の研究に取り組んでこられました経緯についてさらに付け加えますと、 先生は、ヒトの基本形は筒状であること、その内面は一様に粘膜で覆われており、この「内なる外」と いえる外部環境と内部環境の接点となる粘膜は各種の微生物の侵入に恒常的にさらされているが、そこ には巧妙な免疫システムがあって生体を防御している仕組みがあることに着目され、早くからその解明 に取組んでこられました。そして、IgA抗体をはじめとした粘膜免疫誘導・制御を特異的に担うCD4+ Th細胞やγδT細胞が存在することを明らかにされ、さらに絨毛先端部にもM細胞が存在することを発見 されました。パイエル板のM細胞とは区別し、「絨毛M細胞」と命名されてそれが腸管における新しい 抗原取り込み専門細胞であることを報告されました。
さらに先生はこれらの研究成果を実用面で活かすことにも取り組んでおられます。それは次世代ワク チンとして期待される「粘膜ワクチン」の開発であります。そのワクチン製剤原料の生産手段に米の蛋 白貯蔵機構を利用するというユニークな発想は「注射器・注射針・冷蔵保存不要ワクチン」という自然 型経口ワクチンの完成を目指すものであります。従来型のワクチンで必要な輸送・保管、それに接種上 の制約がないこの新規の経口ワクチンは世界の何処の地域においても利用され易く、人々の防御免疫能 が高められるので、新興あるいは再興の危険な感染症の蔓延から人類を守る有効な方法として期待され ています。
ここで、1981年に設立された我が財団の基本理念を想い起こしてみましょう。その大要は《人類の生 存に関る環境因子が対象としてとり上げられつつあるとき、「内なる環境」としての腸内菌叢を忘れては ならないこと》、これは《ライフサイエンスの一環として極めて重要な研究課題であること》、そのた めに《腸内菌叢と宿主とのかかわりあいに関する先駆的、独創的な研究開発の進展に資する諸事業をお こなうこと》であります。
先生のいわれる「内なる外」は財団がいう「内なる環境」と重ねられる概念といえましょう。清野先 生はこの「内なる環境」問題を宿主側がかかわるメカニズムの面から研究を深められました。そして、 幾つかの特殊な細胞が関わる機序などを明らかにされて粘膜免疫学という宿主側の防御体制の鍵を解く 重要な研究領域を開かれました。粘膜免疫学と腸内細菌学には共通の研究課題が数多くあり、両々相俟 って当該領域の研究は今後も大いなる発展をすることになりましょう。
先生は本邦及び米国のみならず世界の粘膜免疫学において指導的な役割を果しておられますので、先 生の先導的な研究への期待が益々高まります。
冒頭の先生のご受賞に関するお知らせとともにこのようにご活躍の先生が当財団の常務理事として事 業活動に加わっていただいていることは財団の発展において真に力強い支えとなっていますことを会員 の皆様にもお伝えし、併せて先生のご研究が益々発展することをお祈りします。
以上、財団執行部として先生への期待とご協力のお願いを申し上げて本稿の結びとします。
なお、今回のご受賞で対象となりました先生のご研究の範囲は膨大であります。それらをもれなく、 また、間違いなく会員各位にお知らせするために、先に述べました野口英世記念会でおまとめの資料を 同会のご承認を得て次に掲載することにしました。各位にご一読をお勧めします。また、先生の当財団 における役員歴を付記します。
清野 宏 先生の公益財団法人 腸内細菌学会役員歴
平成17年4月1日~平成19年3月31日理事
平成19年4月1日~ 常務理事総務局担当
受賞者 医学博士 清野 宏
ヒトは生命活動を維持する為に「食べる・飲む・吸う」などの生理的行為を効率的に行うために、腸管をはじめとする体腔性構造からなる。その内面は一様に粘膜によって覆われ「内なる外」を形成し、新興・再興感染症を引き起こす各種病原微生物の侵入に恒常的に曝されている。そこには、免疫学の新 潮流と言われるユニークな粘膜免疫機構が存在し、生体にとって重要な第一線バリアとして働いている。清野宏博士は、まったく未解明であった「粘膜免疫」の基礎的解明を今日まで一貫して推進・展開し、「粘膜免疫学」という学問体系確立に先導的役割を果たしてきた。
腸管に存在するパイエル板に抗原提示細胞が存在し、管腔側から取り込まれる抗原に対する抗原特異 的免疫応答誘導に要の粘膜関連リンパ組織であることを報告した。パイエル板や上皮細胞層に粘膜免疫 のユニーク性を反映するIgA抗体をはじめとした粘膜免疫誘導・制御を特異的に担うCD4+Th細胞や γ δT細胞が存在することを明らかにした。パイエル板だけではなく、遠隔の絨毛先端部にも抗原取り込 み専門細胞であるM細胞が存在する事を発見し、その細胞を「絨毛M細胞」と命名し、同組織非依存的粘膜免疫誘導系が存在する事を報告した。M細胞に特異的な糖鎖構造を認識するモノクローナル抗体(NKM16-2-4)の樹立に成功し、全く免疫生物学的解明の進んでいないM細胞についての基礎的研究を進めている。
粘膜免疫系の一翼を担う呼吸器に関しても、その要である鼻咽頭関連リンパ組織(NALT)に抗原特異的免疫応答誘導に必須の分子・細胞環境が整っていることを明らかにした。さらにNALT組織形成プログラムが、パイエル板を含めた二次リンパ組織に必須と言われている炎症性サイトカインLTβ R-NIKシグナル伝達系とは全く異なるユニークなシステムによって制御されていることを報告した。
このような一連の粘膜免疫機構の基礎的解析結果・情報をいち早く粘膜ワクチン開発へ結びつける応用的研究も展開しており、コメ蛋白貯蔵システムを応用した新規ワクチン製剤原料生産系そして自然型経口ワクチンデリバリーとして応用する試みに成功し、冷蔵保存・注射器・注射針の必要ない次世代ワクチン開発につながると注目されている。
清野博士による一貫した粘膜免疫機構の免疫生物学的特徴解明の先導的研究とその成果に基づく新規ドグマ提唱は「粘膜免疫学」の創成に貢献し、さらに将来的応用性も視野に入れた「粘膜ワクチン」の実現化に結びつく理論的背景を構築してきた世界的な研究業績である。