公益財団法人 腸内細菌学会/腸内細菌学会 Japan Bifidus Foundation(JBF)/Intestinal Microbiology

用語集


PAGE
TOP

酪酸産生菌(butyrate-producing bacteria)

1. 分布と分類
酪酸産生菌とは、主要な代謝産物の一つとして酪酸を産生する嫌気性細菌の総称である。酪酸産生菌は、自然環境中に広く分布し、ヒトを含めた動物の腸管内や口腔内にも存在する。腸内において酪酸は、大腸粘膜上皮細胞の主要なエネルギー源として利用されるだけでなく、抗炎症作用や腸管免疫系の恒常性維持など種々の生理作用を示すことから、ヒト腸内に存在する酪酸産生菌は健康との関わりから特に注目されている。
ヒト腸内における酪酸産生菌は、16S rDNA配列を基にした系統分類において、Bacilliota門(旧名:Firmicutes門)に属するClostridium cluster I、IV、IX、X、XI、XIVaおよびXVIに広く分布している。また、Bacteroidota門の一部の菌種ならびにFusobacterium属細菌も酪酸産生菌として知られている。これらのうち、ヒト腸内では特にcluster IVおよびXIVaに属する菌群が優勢であり、なかでもcluster IVではFaecalibacterium prausnitziiが、cluster XIVaではAgathobacter rectalis(旧名:Eubacterium rectale)、Anaerostipes属細菌およびRoseburia属細菌などの菌種・菌群が代表的な優勢菌として知られているが、その存在量は個人によって異なる。

2. 代謝特性
腸内では、食餌由来のレジスタントスターチや植物由来多糖類などの難消化性糖質が、酪酸産生菌の主要な増殖基質として利用されて酪酸が生成する。また、難消化性糖質が多糖分解活性の高い菌群によって代謝されて生じたオリゴ糖や単糖類などの分解物、あるいは乳酸やコハク酸といった中間発酵産物が酪酸産生菌によって二次的に利用され、酪酸が産生される経路も存在すると考えられている。さらに、寄与は低いものの、リジンやグルタミン酸、γ-アミノ酪酸といったアミノ酸が代謝されて生成する経路も知られている。糖質や乳酸からの産生経路では、ピルビン酸を経て生成したacetyl-CoAが2分子縮合してacetoacetyl-CoAが生じ、続いて真核生物のβ酸化の逆反応に近似した複数の反応によりbutyryl-CoAが生成する。このbutyryl-CoAから酪酸に至る最終ステップには、butyryl-CoA:acetate CoA-transferase(But)あるいはbutyrate kinase(Buk)のいずれかの酵素が関与している。ヒト腸内の酪酸産生菌の多くがButを保有しており、Butによる反応が腸内における主要な酪酸産生経路であることが明らかとなっている。Butは酢酸も基質とするため、ヒト腸管に由来する多くの酪酸産生菌の生育環境中に酢酸を加えると、酪酸産生量の増加を伴い菌体の増殖が促進される。酢酸は腸内で豊富に存在するため、Butを保有することが、当該菌に対し、複雑な菌叢中で環境に適応した優位性を付与しているものと推測される。

3. 疾患との関連と応用
炎症性腸疾患、2型糖尿病、関節リウマチなどの自己免疫疾患、肥満、心血管疾患を始めとする様々な疾患患者の糞便中で、酪酸産生菌の減少が共通して認められている。こうした背景から、ヒト由来の酪酸産生菌種であるFaecalibacterium prausnitziiAnaerobutyricum soehngeniiButyricicoccus pullicaecorumRoseburia intestinalisなどの菌株が各種疾患の治療を目的とした次世代の プロバイオティクス 候補として注目されており、既に欧州では一部の菌株を用いた臨床試験も実施されている。これらの菌種は偏性嫌気性菌であることから、実用化には嫌気条件下での菌体製造法の確立や保存安定性などクリアすべき課題は多いものの、高い期待が寄せられている。一方、日本を含むアジアの複数の地域においては、芽胞形成性ゆえに酸素およびヒト消化酵素への耐性が高いClostridium butyricumClostridium cluster Iに分類される)の複数株が、以前から整腸薬として市販されている。詳細については、同じく用語集に収載されている「クロストリジウム・ブチリカム」の記載を参照されたい。

(佐藤 直)